

私たちは日々、多くの商品やサービスに囲まれ、どのブランドやアイテムを選ぶべきか無意識に判断しています。その際、「味覚・視覚・聴覚・嗅覚・触覚」という五感が、どれほど購買行動やブランド評価に影響を及ぼしているかご存知でしょうか。近年、企業やマーケティング担当者の間で、顧客の知覚や感覚を積極的に活用した「センサリー・マーケティング」が注目されています。このアプローチによって、消費者は五感を刺激される体験を通じて企業や商品への意識を高め、選択や購買に変化が現れることが研究や実験からも明らかになっています。
本コラムでは、そうしたセンサリー・マーケティングの具体的な手法や特徴、日本や海外での成功事例、導入時に押さえるべきポイントまで、体系的にわかりやすく解説します。多様化する現代のビジネス環境で競争力を高めるヒントの参考にしてください。
目次
センサリー・マーケティングは、消費者の五感を刺激することで顧客の心を捉え、企業のサービスや商品への注目度を高める手法です。テレビやインターネットといった情報が氾濫する現代において、消費者は多くの選択肢から商品やサービスを選ぶ必要があり、従来の広告やマーケティング手法だけでブランド価値や認知を高めることが困難になっています。センサリー・マーケティングは、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚の五感を活用し、心地よい刺激や記憶に残る体験を顧客に提供することで商品の印象や購買意欲を強化します。例えば、パッケージのデザインやロゴに工夫をこらし、色や形を通じてブランドのメッセージを伝えたり、BGMや香り、手触りの良い素材を使うことで顧客の感覚に訴えかけたりします。こうした感覚的な刺激は消費者の知覚や認知に無意識のうちに働きかけ、購買行動に大きな影響を及ぼします。
サービスの価値や提供方法にもセンサリー・マーケティングを活用することで顧客の満足度やブランドへの忠誠心を高め、競争の激しい市場でも差別化が図れます。今後は多様な分野やビジネスシーンにおいて、この戦略の活用がますます重要になっていくと考えられています。
センサリー・マーケティングにおける顧客の変化
観点 | 以前の顧客 | 現在の顧客(変化後) |
感覚刺激への反応 | 受動的に受け取る | 自分で選び・能動的に感じたい |
体験への期待 | 商品中心の情報重視 | 五感を刺激する「体験価値」重視 |
チャネル | 店頭中心 | オンラインでも感覚体験を求める(例:ASMR動画、香り付きDM) |
価値観 | 機能性重視 | 心地よさ・感性価値を重視 |
ブランドへの関与 | 一方向的(企業→消費者) | 共感・没入・共創(消費者も語る側に) |
サステナビリティ意識 | 低い or 関心薄 | 五感の快適性と同時に「倫理性」も重視(例:自然素材の香り、エコ包装) |
顧客が商品やサービスを選ぶ際、五感への刺激が無意識下で購買行動に影響を与えます。ビジュアルデザインの研究をきっかけに感覚マーケティング分野へ進み、消費者行動とマーケティングの関係を追究した上智大学経済学部准教授 外川拓准教授は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚、触覚、味覚といった全ての感覚が消費に与える影響について多角的な分析を行ってきました。心理学の先端的な手法をマーケティングに応用することで、人が普段意識しない感覚刺激が企業や製品のイメージ形成、さらにはブランドへのロイヤルティや購買決定にどう作用するのかを解明する調査・研究が発展しています。
例えば、パッケージの色や素材、広告のBGM、店舗の香りや手触りまでもが消費者の選択や価値評価を左右し、感覚を意識したデザインや施策によって企業は差別化を図ることができます。こうした視点でマーケティング活動を展開すれば、顧客の記憶や興味、最終的な購買行動に至るまで多方面からのアプローチが可能となります。人間の知覚メカニズムへの深い理解と、ビジネスの現場での応用を両立することが、今後の企業経営や商品開発の成功の鍵となります。
日本企業がセンサリー・マーケティングへの関心を高めている背景には、感覚に関する学術的研究の進展があります。1990年代以降、視覚や聴覚だけでなく、嗅覚や触覚、味覚についても多様な研究が行われ、知見が蓄積されてきました。その成果を踏まえ、五感全体を統合して活用するマーケティングへの注目が高まっています。また、心理学の分野では五感に関する新たな研究が増え、たとえば人と接する際の評価が温かい飲み物を持つだけで変化するなど、感覚刺激が認知や評価に及ぼす効果が示されています。このようなデータや事例を活用することで、企業はサービスや商品に独自性を持たせ、より効果的なマーケティング戦略を展開できるようになりました。こうした動向がセンサリー・マーケティングに対する関心を加速させています。
センサリーマーケティングの背景
最新のマーケティング手法では、五感全てを活用し顧客の知覚や購買行動に影響を与えるセンサリー・マーケティングが重要視されています。視覚だけでなく、紙のDMのような触覚的なアプローチ、BGMやブランドロゴ音など聴覚的な刺激、香りを付加したパッケージやインストア体験による嗅覚活用、さらには試食や味覚イベントによる味覚マーケティングまで、企業は多様な感覚を意識した施策を展開しています。デジタル分野でもサイトデザインや動画広告、音声コンテンツを通じた五感刺激が活用され、消費者の印象や購買意欲を強化します。例えば、高級ホテルが送る芳香付きのサンキューレターや、紙質・エンボス加工を施したDMは、消費者に深い記憶や満足感を残します。これら感覚刺激の活用は、ブランド価値の向上や他社との差別化、長期的な顧客関係の構築に貢献します。今後も五感を組み合わせた複合的なアプローチを活用することで、多様な消費者ニーズに応える新たなマーケティングの潮流が生まれると考えられます。
視覚は昔からマーケティングにおいて最も強力な感覚であり、商品のデザインや広告、サイトの色使いは顧客の知覚や購買意欲に大きな影響を与えます。例えば、赤は活動的で情熱的な印象をもたらし、消費者の関心や購買行動を刺激します。セール広告やロゴデザインによく使われる理由は、短時間で注目を集めやすいからです。反対に青は安心感や信頼性を象徴し、多くの金融機関やIT企業でブランドデザインに採用されています。パッケージや製品のデザイン要素を戦略的に選ぶことで、消費者は無意識のうちに製品の価値やブランドイメージを判断しやすくなります。さらに、店舗レイアウトや広告ビジュアルに工夫を加えることで、競合他社との差別化と顧客のロイヤリティ向上につなげることができます。色彩心理やレイアウトに関する調査・研究を活用すれば、より効果的な広告やサービス提供が可能です。
聴覚マーケティングは、BGMや店舗音響、ブランド動画の広告やCMの音によって消費者の行動や印象を変化させる効果があります。日常生活で耳にする音楽や効果音は、顧客の気分や購買意欲に直接働きかけ、商品やサービスの価値をより高く感じさせます。たとえば、落ち着いたBGMは高級感を演出し、リラックスできる店舗空間を作り出すのに役立ちます。また、明るい音楽やテンポのよいリズムを用いることで、来店者の滞在時間が延びたり、購買点数が増えるといった行動変容が報告されています。広告動画やイベントで効果的に音響を活用すれば、ブランドイメージの定着やファン層の獲得につながります。聴覚情報をこれまで以上に戦略的にデザインし、商品やサービスと組み合わせることが重要となっています。
嗅覚マーケティングは、香りを活用して顧客の脳裏にブランドの印象を深く刻む手法です。例えば、スターバックスでは店舗にコーヒー豆を焙煎した香りを漂わせることで、来店した顧客に優れたコーヒー体験を提供します。この香りが顧客の記憶に残り、ブランド価値や品質の高さを連想させる一助となります。嗅覚は人間の記憶と強く結びついており、特定の香りを経験することで無意識に良い印象や楽しかった体験が呼び起こされます。この効果を利用してサービスの満足度を高め、顧客のロイヤリティを支える方法が多くの企業で注目されています。香りを使った商品開発や店舗施策は、他社との差別化や情報の拡散につなげやすいという点でも有効です。
触覚マーケティングでは、消費者が商品やサービスと接触した際の「触り心地」が購買意欲に強く影響します。例えば、商品パッケージの素材感やエンボス加工、DMの紙質など、実際に手に取ったときの感覚刺激は、見た目以上に商品の価値評価や印象を左右します。また、ホテルのリネンや書籍の紙質なども顧客体験の質を高める要素です。触覚に訴える施策は、店舗やイベント、ノベルティ商品のデザインなどにも応用でき、企業のブランド体験を豊かにする手法として広がっています。触覚へ意識を向けたマーケティングは、消費者の認知や購買行動に長期的な効果を与えるため、商品開発やサービス設計の初期段階から取り入れることが大切です。
味覚マーケティングは、消費者の味覚を刺激することでサービスや商品への独自性と強い印象を与えます。五感の中でも特に記憶に残りやすい味覚は、試食イベントや商品サンプル、独自開発したフレーバーを使用することでブランドへの関心や好意を引き上げます。例えば、食品や飲料以外の分野でも、関連する味覚体験をイベントやプロモーションに取り入れる手法が注目されています。味覚情報は直接脳に働きかけ、顧客の行動変容や購買決定に大きな影響を与えるため、継続的なブランド選択や再購入につながりやすくなります。独創的な味覚体験を設計することで、消費者にとって他商品とは異なる印象を生み、競合優位性の向上を実現できます。
センサリー・マーケティングを戦略的に取り入れて成功を収めた事例には、紙のDMを活用した多様なアプローチが挙げられます。企業は、DMの素材を変えて触覚を強調することや、芳香を付与して嗅覚に刺激を与える方法、さらには音を組み合わせることで受け手の感覚を多面的に刺激しています。リゾートホテルが宿泊後のサンキューレターにホテル特有の香りを施し、顧客に楽しかった思い出を呼び起こすという取り組みは、感覚を通じてロイヤリティ向上に成功した好例です。また、DMやパッケージ、ロゴなどに特定の配色を用いることで、消費者の行動やブランドイメージにポジティブな変化をもたらすことも実験や調査で確認されています。Googleの「パルス型消費」のような新たな消費行動パターンにも呼応し、多様な事業分野でセンサリー・マーケティングの効果が証明されています。こうした具体的な実践例を一覧すると、五感を刺激する工夫が企業ブランドの価値と顧客満足度向上に結びついていることが分かります。
消費者は商品の価格や機能だけでなく、購入時の体験全体を重視する傾向が強まっています。五感全てを意識してプロデュースされた店舗デザインは、消費者の記憶や感情に深く結び付きます。例えば、照明や配色、BGM、香り、商品の手触りや試食のサービスを融合させることで、多様な感覚刺激がブランド価値を高めています。このような戦略を用いることで、ブランドの認知度や顧客ロイヤルティを向上させた国内外の店舗事例が増え、シンプルな製品の販売だけでなく、記憶に残る体験型店舗の成功要因となっています。こうしたセンサリー・マーケティングの活用は、アップセル・クロスセルやリピート促進などの成果も期待でき、今後ますます多様な事業や市場で重要性が増すと考えられます。
テクノロジーの進化によって、デジタル分野でのセンサリー・マーケティング活用も大きく拡大しています。ARやVRを活用したバーチャル体験は、従来の広告やサービスと比べ、より没入感の高い顧客体験を提供できます。AIによるデータ分析やパーソナライゼーションが進めば、個々の顧客の感覚や嗜好に合わせた商品オファーやサイトデザインも実現可能となります。デジタルマーケティングにおける映像、音響、インタラクション設計は、オンライン上でも五感マーケティングの効果を最大化する重要な施策です。ECサイトやWeb広告の最適化にも感覚刺激の要素を積極的に取り入れることが、今後のビジネス成長戦略の一つになります。
センサリー・マーケティングの導入に際しては、消費者の五感が購買意識や行動にどのような影響を及ぼすかを十分に理解することが重要です。国内外の研究やデータからも、五感への刺激が商品選択やブランド評価を変える効果が確かめられています。導入時には、センサリー・マーケティングの全体像や五感ごとの施策特徴を整理し、自社のサービスや商品に最も効果的な感覚刺激を特定する分析が欠かせません。近年は『感覚マーケティング』や各種専門誌などで最新の研究動向も入手でき、店舗空間や広告、デジタル戦略にも応用できる知識が広がっています。学術的な調査と実務経験を積み重ねながら、自社に最適なアプローチを検討することが、競争市場での成功につながります。五感への配慮は今後も多様な分野で活用が進むと考えられ、企業にとって重要なマーケティング戦略と言えます。
センサリー・マーケティングの成功には、実施前の事前調査と徹底した分析が不可欠です。消費者の行動や意思決定は、意識しないうちに感覚的な体験に影響されており、感覚刺激の方法を誤ると期待した効果が得られない場合もあります。例えば、香りの演出が逆効果になることや、過度な視覚・聴覚刺激が不快感を招くケースなども見られます。事前のリサーチでは、ターゲット顧客による感覚テストや調査データの分析を実施し、どの感覚が購買行動やブランド価値評価に強く影響するかを明らかにします。このプロセスを通じて顧客体験をデザインし、競合他社との差別化を図りつつ、ブランドへのロイヤリティや長期的なファン化を実現できます。トライアルと評価を繰り返しながら最適化することが、効果的なセンサリー・マーケティング展開の鍵です。
五感を活用したマーケティングは、今後ますます多様化し、デジタルとリアルを融合させた新しい消費体験を生み出すことで注目を集めています。紙のDMを活用した事例のように、デジタル広告だけでなく、実際に触れたり香りを感じたりする体験が、顧客の記憶や購買意欲を高めるポイントとして再評価されています。調査や実験を通じたデータは、五感への刺激が消費者の行動変容やブランド価値の向上に寄与することを示しています。
今後、ARやVR、AIを活用したデジタルな五感刺激の可能性が広がり、ブランドや企業は顧客それぞれに合わせたパーソナライズ体験の提供が可能となります。企業にとっては、サービスや商品開発、広告デザイン、イベント運営においても五感を意識した施策が不可欠です。これからマーケティング戦略を強化したい方は、今のうちにセンサリー・マーケティングの知識を深め、自社のビジネス展開に活用してみてください。